アントニオ猪木の戦略~新日本プロレス編(1)~

■アントニオ猪木とは…

燃える闘魂アントニオ猪木さんは、現在国会議員であり、プロレス団体IGFの経営者。 1972年~プロレス業界トップ「新日本プロレス」の創業者兼トップレスラーとして、会社経営者、イベンター、プロデューサー、格闘家として荒波を何度も乗り越えてきました。 
今回は、燃える闘魂アントニオ猪木の青春期、新日本プロレス時代の戦略を紹介させて下さい。
猪木卍

■アントニオ猪木~デビューから新日本プロレス旗揚げまで~

1943年、神奈川県横浜市鶴見区生麦町出身。14歳の時、家族でブラジルに渡る。コーヒー農園で働きながら陸上選手として活躍。 ブラジルJr円盤投げ、砲丸投げ優勝。力道山(元大相撲関脇)にスカウトされ帰国。
1960年、日本プロレスデビュー。同日デビューしたのが、後のライバル、ジャイアント馬場さん(元巨人投手)。力道山の付け人(住み込み)となり、道場では徹底した体力トレーニングとセメント(真剣勝負)寝技の練習を重ねる。

1964年、師匠力道山死後、単身渡米。2年間、アメリカ全土を渡り、プロレスと団体経営を学ぶ。途中、アメリカのボクシングのプロモーターに素質を買われ、プロボクサーになる寸前まで行く。
1966年、帰国も日本プロレスはライバルG馬場がエースの為、先輩レスラー豊登と「東京プロレス」を立ち上げる。が、経営難で崩壊。
1967年~71年、日本プロレスに戻り、G馬場とのタッグ「BI砲」結成、全国的スターとなる。この頃、もう一人の師匠であるカールゴッチ(アマレス元五輪代表)の猛特訓は受け、セメントと裏技(致命傷をあたえる危険な技)習得。
1971年、会社の不透明な経営に反発し、日本プロレスを解雇。
スター女優、倍賞美津子さんと結婚。結婚披露宴は、日本プロレスで持つ予定も解雇で、5000万円赤字でのスタートになる。

1972年、新日本プロレスを、盟友山本小鉄(後の新日本プロレス鬼コーチ、TV解説)と旗揚げ。 世田谷区上野毛の自宅を空け渡し、道場と若手の寮とする。自身は、渋谷区猿楽町の賃貸マンション暮らし。
師Cゴッチの協力も、スター外人レスラーを招集するルートも資金もなく、TV中継のないまま全国興行。旗揚げから1年で、累積赤字は当時の1億円を超える。

■テレビ朝日との契約~A猪木と坂口征二の合流~

1973年、G馬場が離脱し、同じく経営難にあえぐ日本プロレスのエース坂口征二(元柔道日本一。世界選手権3位。坂口憲二の父)と話し合い合流。 日本プロレスを中継していたテレビ朝日(当時NET)と契約する。TV放映料は勿論、地方での観客動員が徐々に増えだす。

■観客動員アップ~外国人「悪役レスラー」をつくる~

1974年、無名インド人レスラー、タイガージェットシン(インドレスリング王者)来日。A猪木は、このTJシンにサーベルを持たせ、凶悪で卑劣な悪党レスラーにする。シンは期待に応え、猪木とは血と血で争う構想を繰り広げる。
シンの狂気を止める事は困難で、プライベートで新宿伊勢丹で奥さんと買い物中の猪木を路上で襲い、大流血させ「東京スポーツの一面」を飾る。

猪木も「毒には毒」とばかりに、プロレスの試合でありながら、シンの腕をアームブリーカーでヘシ折る。
猪木vsシンの闘いはヒートアップし「怖いもの見たさ」の観客で、全国どの会場に行っても「超満員」

■日本人最強への道~昭和の巌流島~

1974年、当時のライバル団体はG馬場率いる「全日本プロレス」(日本テレビ)と、ストロング小林(元ボディビル ミスター東京)の国際プロレス(TBS)
A猪木は、この2団体に挑戦表明! そして、S小林が国際プロレスを辞めてまで、A猪木にチャレンジ。

「昭和の巌流島」と呼ばれた、A猪木vsS小林の一戦は、日本武道館満員札止め(16500人)会場に入りきれない人→3000人。場内では、A猪木ファンと、S小林ファンが一触即発状態。試合は、A猪木がS小林の技を全て受け止めた上で、ジャーマンスープレックス一発で撃破!!  
また、元日本プロレスのエース大木金太郎(元韓国相撲横綱)とは、セメントに近い喧嘩ファイトの末破り、残すトップはG馬場のみとなる。

スポーツ紙、雑誌、マスコミで、A猪木は常にG馬場への挑戦をほのめかすも、G馬場は独自路線からブレル事なく進む。A猪木はG馬場戦を諦め「日本人最強」から「世界を目指す」 
日本プロレス業界で観客動員、視聴率のトップに躍り出た新日本プロレスは、日本を飛び越え「世界」シフトチェンジを果たしべく、「キングオブスポーツ」へのチャレンジを決意!!

■アントニオ猪木の戦略(1)~まとめ~

燃える闘魂アントニオ猪木は、常にどん底から這い上がりながら、夢を追い続けた。特に、1972年~1980年のアントニオ猪木は、レスラーとして、会社経営者として、闘い続けた「青春期」 
6歳の頃からの燃える闘魂アントニオ猪木ファンとして、猪木のエネルギーを今一度確認し、岸哲蔵魂のブログから放ちたい。 ~次回は、アントニオ猪木戦略(2)~


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