解体は宝探し

■「解体現場」

大都会「東京」は入れ代わり立ち代わりが激しい。それは建物でも同じ。
私は、大昔、解体やで働いていた事があるので、現場を目にすると
「捕らぬ狸の皮算用」程ではないが、想像してしまう。

解体する理由はそれぞれだが、建物の劣化(耐震基準値以下)、
土地の売買、家の建て替え(新築建設)、
そして「会社倒産」による処分が多い。

解体現場作業初日は、お客様が必ず挨拶に来られる。
解体作業前に、玄関で靴を脱ぎ、床を踏みしめ、
各部屋のドアを開け、階段を上がり、外窓を開けて、景色を見つめる。
我々は、物音を消し、その視界には入らないよう心掛ける。
作業中、「どうしても写真に残したい」と、
現場を一旦止めて、撮影を見守った事もあった。
自分の部屋が解体されるのが辛く泣き止まない少女を諭す母親、
思い出を噛みしめ互いに手を握り、遠目に作業を見守る初老のご夫婦も、
印象に残る。
倒産の場合は、基本的に持ち主は現れず、代理人が挨拶程度に顔を出す。
思えば、私の実家の稼業が倒産した時も、
各工場の解体時、2代目社長であった祖父も祖母も
3代目であった叔父も父も現場には立ち会わず、
建設業者に解体を任せっきりだった。
しかし、時が経ち、その更地を寂しそうに見つめる父の後ろ姿は、
今も忘れられない。何かに詫びている様で。

解体は「財産の山だ!」
解体現場は頑丈な建物を文字通り解体する為、危険であり、埃も舞い、匂いもどぎつい。
近所から苦情が来ない様に、休憩前は、必ず放水を行い、埃を閉じ込める。
場合によっては、鉄骨を組み、防炎シートでカバーしてから行う。
ここまでの内容を読む限り、一般的には立ち入りたくない物々しさが伝わるが、
表の顔があれば裏の顔がある様に、解体現場では奥底から裏側から
真実が輝きを放ってくるケースもある。

その輝きが別格だったのは、
坪単価約400万円は下らない、港区某高級住宅地解体現場。
敷地、田んぼ2反ほどを木の塀で囲み、外からは樹齢100年を超える木々が見下ろす。
神社や仏閣の鳥居の様な門を潜ると茶室があり、
手入れが行き届いた芝生、気品を感じさせる松の木が植えられた日本庭園
の向こう側に、和風の平屋が建ち誇る。

匠な宮大工が根気強く仕上げた居間、茶の間、廊下。
弦を編み込み技術で完成させた天井。一枚物のスギを大胆に使用したテーブル。
壊さず、建物ごと売買出来なかったのだろうか?とはいえ、仕事は仕事。

驚きは作業開始直後。
屋根に上り、屋根を剥がそうとしたら「銅板」だった。
しかも、屋根の全てが銅板だった。
それでもって、家の中は全て床暖房。
暖房という事は、そこ(底)にも、銅が張り巡らせているワケで。
親方は作業を中断させ、電話で何やら相談。
次の日、4tトラックロング2台準備し、銅のみを積み上げた。
(当時の銅はキロ=1000円前後)
他には、庭に転がる大量の磨き石、300kgを超える金庫、桐箪笥(10個以上)、
大量の真鍮、30本以上の庭木。アルミや鉄も桁違い。

面白かったのは、何処でどういう情報を掴んだのか知らないが、
自称画家の「石マニア」が突然押しかけて来て、値段交渉してきた事だ。
彼のホルクスワーゲンに100kgサイズの磨き石を運ぶと、
夏目ではあったが、数枚気前良くチップをくれた。

解体現場で思い知らされた事がある。人間と建物は似ているなと。
人は「失恋」「失敗」「敗退」の中、自暴自棄に陥り、
何もかも嫌になる事がある。
しかし、「第三者」から見ると、その人の良さや、素晴らしさは
温度計の様に伝わるものだ。

ある先輩に教わった事がある。「嫌な事があった時の対処法」
真っ白な大きい紙に、生まれから現在までを書き上げる。
それを分野ごと仕分けしてみる。
そう「自己解体!」
その事実を、信頼のおける人と一緒に見て話し合う事。
「あなたに眠る財産」が、必ず見つかるから。

さて、私自身をもう1度、解体せねば。