日曜の朝/秘密の基地

■「日曜日の朝/秘密の基地」

大人には、日常の中、誰にも邪魔されない、基地が必要だ。
私にもある。場所は伏せるが。

日曜日の住宅街、小声で話しかけるかの様に、
その珈琲屋さんはオープンする。
御伽噺に出てきそうな木造りの壁を、白と黒の塗料が引き立てる。
ドイツ製の重そうなスピーカーからは、ノラジョーンズ。
目覚めを問うかの様に、彼女は語りかけてくる。

店内は約十坪。
剥き出しのコンクリートにはフレンチブルドッグが寝そべり、
アップルパイを上手に焼きそうなマミーが日本語でオーダー。
店主は静かに笑みを浮かべ聴き感触の良い低音で応える。

大きな木テーブルには赤ん坊をあやす夫婦、
外にある二人掛け木造りベンチには、
これからの予定を弾ませるカップルが、
餅つきの様にリズム良くハモル。

「お待たせしました」
丁寧に時間をかけ淹れられたドリップコーヒー。
本日は、苦みと濃くが強い、グアテマラ産。
豆の品質の良さを、慎ましく薫りだててくる。
私はスマートホーンの電源を切った。
休日くらい自然に身を任せ、太陽の調べの元、過ごそうか。

「人は平和を強く求める」
しかし、副作用の如く反対意見を悪だ敵だと見做(な)し、
いつしか目と目が合えばいがみ合う。
それは国も地方も組織も半グレも、私の様な小市民ですら、
今も昨日も昔っから。
でも、今日は日曜日。休戦でいいんじゃないのか?

私は目を閉じ集中をはかる。
心の中、遠くの方から緩やかに内輪を仰ぎ、
親指と人差し指とで丁寧に持ち上げたコーヒーカップを
顎下まで近づける。
湯気立つその薫りを腹式呼吸でゆっくりと吸い込み、
鼻の中に留める。
感知した嗅(きゅう)細胞が大脳と話すと
「直ぐに味わいたい」
工程に淀みなし。
次に全神経を口元に集中させる。
そして、舌先から喉の奥へと、
味わいは、雨に打たれた葉の様に、流れる。
その味わいにこの身が満たされ染められた時、
「君の顔が浮かんだ」
「君にも、味わってほしい」って。
一人のはずが、こんな時こそ、
「愛の真実に気付かされる」

「コーヒーの木は育てるのが難しい」と
聞く。
生長時期は春から秋。危険なのは冬。
熱帯育ち故、寒さに弱いそうだ。
とはいえ、夏は夏で、陽射しに葉焼けする場合があり、
直射日光を避けなければいけない。
水は大切だが、与えすぎると、
その水が暑さで沸騰し根を傷めてしまう。
その為、適量の水分が求められる。
それは「人間関係」も同じではないのだろうか?
特に、恋愛や夫婦関係。
水をかけすぎても、与えるのを忘れても、
片方だけが水を独占しても、良好な関係性を築けない。

ドリップコーヒーを見つめる。
この黒の中には、どれだけの色と色とが混ざり
重なり合っているのだろう。
どれ程の時をかけ工程を重ねたのだろう。
それぞれの優しさや労力や時間が、
カフェインを超越した目覚めを、今、私にくれた。

「うん。絶対、君と行く」
来週の予定表を書き込まなきゃ。
私は落としていたスマートホーンの電源を強く押した。