友へ  ~岸哲蔵バンド元ドラム原田裕次郎~

今夏、長い間、岸哲蔵バンドで共に闘い支えてくれた友…原田裕次郎君が…地元へ帰りました。

■岸哲蔵バンド~結成まで~

2006年4月12日、僕は長い眠りから覚め、ライブ活動再開。弾き語り→デュオ→トリオと仲間の力を得て活動。2008年7月~ギター池田健司君をバンマスに、ベース保田篤孝君、初代ドラマーZのもとバンド活動を始動。

バンドスタイル3度目のライブは、吉祥寺の老舗ライブハウス曼荼羅(まんだら)気合いの営業で満員予定! が、初代ドラムZは、無責任にもライブ3日前、バンド脱退…。 とにかく中止には出来ず、ライブ前日3人で練習し、気迫でライブを完結、成功。
…はて???…次のドラマーを探さねばぁ….。 その時、真っ先に浮かんだのは、原田裕二郎君。R&Bとソウルを軽快に叩くドラマー。

■ドラム原田裕次郎との出会い

当時の僕は、梅が丘(世田谷区)のスタジオで週5練習してましたが、そのスタジオの休憩所でいつも顔を合わせてたのが原田裕二郎でした。 原田君は他の休憩所で過ごす人とは違い、いつもヘッドホンをかけ、スティックをもち人目も気にせずエア練習を繰り返してました。
…「真面目なヤツだな」…
頃合いをみて話かけてみるとイイ奴で、すぐに打ち解け、互いのライブを行き来し、飲むようになりました。

という経緯で、2009年2月~2010年3月までは正式サポートメンバー。 2010年9月~2011年9月までは、3代目ドラムのサブとして共に闘ってくれました。 
そう、岸哲蔵デビュー前を正式メンバーで支えてくれて、デビュー後は、数多くなったステージをサポートしてくれたわけです。

曼荼羅 吉祥寺
(原田君と1番多くステージに立った「曼荼羅」です)

ライブの中感じたのは、アレンジに対し物凄く忠実なところ。真面目なる人柄が見えました。
その後、バンドを離れても岸哲蔵バンドを応援してくれて、礼儀正しく律儀。本当、自分にとって弟のような存在でした。

■原田裕次郎君へ

同じ夢をみて、共に汗をかき、語り合ったね。 お前の何%かは俺だし、そして、俺の何%かはお前。 頑張れよ、山梨帰っても。 来夏くらいには、レンタカーでも借りて遊びに行くから。 それかぁ、山梨で岸哲蔵バンド、ブッキングしてねぇ。
でっかい富士山近くで見て、風を受け、大きく飛び放つ原田裕二郎…期待してます。 じゃ、また。有難う!!

岸 哲蔵