最高の授業/拳銃の有無

■「ロッキー~ランボー」

中学時代の担任教師は180cmオーバーのスタローン似。
入学当初、生徒間での愛称は「ロッキー」
しかし、昭和系激情化故、次第に「ランボー」
と呼ばれる様になる。
私も、何度かビンタを食らったが、
長身サウスポーから繰り出される一撃は見えづらく
「左を制する者は世界を制す」の意味を
身体で覚える事になる(笑)

ただし彼はただのランボー…ではなく
東京教育大学(現在/筑波大)出身の
intelligence monster。
時に、教育マニュアルとは別枠で、
考えさせられる話をしてくれた。

■「中3/HR」

「おはよう」
担任が教壇で第一声を放つも、
45人のレスポンスは…鈍い。
中学生活残り僅かではあるが、
受験という名の二本橋が
目の前に構えている。

我々の製造番号を表示するならば
「団塊ジュニア ベイビーブーム世代」
同級生約260万人。
こんな人口9万そこそこの田舎町ですら
平均倍率1.50倍オーバー。
単純計算3人に1人は…落ちる。

クラスメイトは既に死んだ魚の目。
15歳の好奇心も潤いも失くし、
煮込みすぎた煮魚状態。

容量を超えた脳みそは、瞼に薄手のカーテンを引き、
学園生活への興味すら、放棄。

「ピカッ!!」
床に堕ちた萎みかけの風船めがけ、
ランボー先生は「炎のアフガン」(映画/ランボー3)
ばりに、炎の矢を放つ。
「おいおいおい!!!受験だけが人生なのかぁ?」
…静まりかえる教室…
ランボー先生は、自身をも落ち着かせようと、
音程を下げ、全体を見渡しながら
「そんな事より、大切な話をしたい。
ちょっとだけ、時間をくれ」
そこまで話すと、己の襟をも正す様に
教壇に両手をつき、気持ちを固定した。

「…俺の親戚にはアメリカ人がいる。
その義兄と昨晩酒を酌み交わしたが、
国や環境によって人間は考え方が違う事を痛感させられた」

■「拳銃の有無」

「…皆んなは、拳銃は必要だと思うか?」
突然突き付けられた難題、
教室内には緊迫感が産まれる。
私は自らの背中に定規を差し込み、
木造教室の木目迄をも浮き彫りにする程、
一言一句アンテナを張る。

弱火であったはずのランボー先生のガステーブルは、
再び強火へ。
沸点を迎えた薬缶は、倍速刻みの振動と共に、
垂直に湯気を噴き上げる。
「俺は…拳銃の無い社会…が安全で平和だと思うんだ!」

しかし、もう一人の先生は自らブレーキを踏み、
無念を言葉に乗せ、
「でもなぁ…アメリカ人の義兄は
拳銃は安全と平和の為に必要だと譲らないんだ」
更に言葉を選さし、
「理由は…拳銃と拳銃を持っている者同士は、
互いに危険を察知し、最終的に話し合いで解決する。
しかし、拳銃を持たないと、
拳銃を持った者の言う事に従わなければいけない。
互いに拳銃を持つ事によって、
安全や平和、平等まで保つ事が出来る…と言うんだ…」

■「1989年/ペレストロイカ」

…時は、1989年(平成元年)初頭…
ソビエト社会主義共和国連邦ゴルバチョフ書記長は
「ペレストロイカ」をぶち上げる。
東西冷戦は一旦終結し、
数年後アメリカ合衆国のシンボルは、
モスクワにてハンバーガーとフライドチキンを提供する。
其れまで伝わる事がなかったロシア人の自由と笑顔は、
世界の隅々まで届く。

■「最高の授業」

当たり前、常識、普通…それって何だろう?
あの授業は、そんな思考の壁を
ぶち破るきっかけを作ってくれた、
「最高の授業」だった。

私の妻は福岡で産まれ育ち、アメリカでの生活経験がある。
彼女と住み7年。
やはり、私の当たり前や、普通、日常は変化した。
もしかして、彼女も同じ思いかもしれない。
そりぁ、意見が割れる事もある。
譲れない物もあるだろう。
でも、互いに考えを共有する中、共感は築かれる。
それは、国同士だって同じではないだろうか?
平和の在り方も。