■岸孫蔵 政治の世界へ! 北海道進出!(樺太~旭川)
大10 米沢市議会議員へ
大11 女学生であった長女 病死
大12 版画師であった長男 事故死
(この方の顔が、岸哲蔵と似ているそうです。)
北海道進出(函館、小樽、札幌)
大14 米沢市議会議員2期目
皇太子殿下献上品へ
日本醸造協会東北支部委員へ
昭和4 米沢市議会3期目
樺太(南サハリン)へ進出。
貨物列車10車両消化する売れ行き。
(樺太は、米沢からの進出者の町。市長も成功者も、ほぼ米沢出身者)
旭川進出。貨物列車16車両の売れ行き。
(貨物1車両、醤油300本。他、味噌。)
昭7 移出20車両。醤油2000石。味噌5000貫。
昭8 米沢市議員4期目
六県醤油連合理事
昭9 米沢市所得税調査委員長
■岸孫蔵 日本で6番目に工業組合を作る
「山形県南部醤油工業組合理事長」
(当時の日本で、工業組合としては6番目に作られた組合。)
秩父宮殿下献上品へ
■岸孫蔵 「岸本店東京支社」「岸本店小樽支社」設立!
昭12 東京支社設立(神田。営業所と工場建設)
北海道小樽支社設立(樺太、北海道の基地)
米沢市議員5期目
土地賃貸価格調査委員へ
■岸孫蔵 母と妻の死
昭13 妻死亡
本工場が、火事で全焼(ボイラー発火)
4度目の火事である。
昭14 母死亡
…母と、3度目の妻は孫蔵氏曰く、家族であり
「盟友」でもあったそうだ。
孫蔵氏は、生涯、母に口答えをした事がない。
ある種、「カクイチ」(岸本店)の軸になったのは、母かもしれない。