…鳴り響く空襲警報。上空にはB29。祖母は母を抱きかかえ、他の乗客達と共に車両の下に潜り隠れる。「ダダダダダダダダーン!!」…
明けましておめでとうございます。2016年正月、13年ぶり故郷「米沢」にて迎えました。初詣は上杉神社、後は親戚の家々を周り過ごしました。その中、母の実家で母の姉妹の一番上の叔母から貴重な話を聞きました。
■ルーツ7~戦時中~
母方の父(祖父)は国鉄機関区長(ボイラー特級) 母の母(祖母)と昭和元年米沢で結婚し米沢市→山形市→新潟県直江津(現在、上越市)→米沢市と転勤しながら四男六女を育て戦前→戦中→戦後と歩む。 叔母の話によると、その中でも新潟県直江津時代が一番記憶に残っているそうです。
「時代は第二次世界大戦後期」
日本は、海軍大佐、「山本五十六」が「ミッドウェーの海戦」で戦死。アメリカは「真珠湾攻撃」で、先制攻撃を仕掛けた山本五十六の出身地、新潟県長岡市を集中砲火。長岡は炎に包まれる。長岡から40キロ離れた直江津でも、空襲の日、海側から編隊を組むB29に震え、母の一家も防空壕に隠れたそうです。
当時の直江津は「外国人捕虜収容所」があり、米軍は攻撃をしなかった。何故、この地に外国人捕虜収容所を作ったかというと、三菱化成工場、信越化学工場等、大手工場や軍事工場があったためだ。
母は戦局傾く昭和19年1月、この新潟県直江津に生まれる。戦時中、物もお金もなく、ある日、祖母は乳飲み子の母を背負い、長野県まで買出しに出る。そこで事件がおきた。
■ルーツ7~B29の襲撃~
祖母と母をのせた蒸気機関車は、祖父が区間区長を務める直江津駅から、長野を目指し走る。汽車は新潟県から長野県へ入る。その時、汽車は突然急ブレーキ。 怒号が響く!「直ぐ車両の下に隠れろ!!」
上空には「B29」
祖母は母を抱きかかえ、他の乗客達と共に車両の下に潜り隠れる。
「ダダダダダダダダーン!!」
上空からB29は何のためらいもなく、機銃攻撃。車両は破損し、ガラスは割れ、泣きわめく人々。 祖母はとにかく「弾がこの子に当たらないように!」と、母に覆いかぶさり、身を呈す。
…B29襲撃は国鉄職員の祖父の耳に即入る。日が過ぎても過ぎても帰らない祖母と母。 祖父は祖母と母の死を受け入れ、大人数の子供を一人で背負い暮らす事を決意。重苦しい空気だけが、また1日1日のしかかる。
そんな夜。「ガラガラガラ」
引き戸を開ける音が。その先には、母をおんぶした祖母が。
かけよる一家。そして祖父は「バカヤロー! バカヤロー、バカヤロー、なんで連絡しないんだー!」
…戦時中。連絡も情報も一般等には届かない。そんな事は解っている。でも、明治男の祖父は優しい言葉などかけられない。叔母の話によると、とにかく怒りまくったそうだ。 …嬉しく嬉しくて仕方ないのに、その裏返しで…。不器用だけど愛情深い明治男であった祖父の声が、時代を越えて届きそうだ。
■ルーツ7~疎開、そして戦後~
この後、一家は決意する。直江津駅を守る祖父だけを残し、米沢市と福島県の境にある田沢に疎開。食料時事情の悪い時代。学校では弁当泥棒が多く、でも食べなきゃ生きていけない…そんな混乱した時代だった。
1945年(昭和19年)8月15日戦後を迎える。翌年祖父も米沢市に異動。以降、母の一家は米沢で過ごし、母にも一人の弟が生まれる。
戦後も食料事情が厳しかったという。が、B29の恐怖に震える事はなくなり、徐々に徐々に徐々に、現代へ日本は自信を取り戻していく。
■ルーツ7~祖父が墓場まで持ち返った事件~
実は、直江津に一人残り駅で働く祖父が、恐らくは墓場まで持ち返ったろう歴史的事件がある。
「直江津リンチ殺人事件」
昭和20年12月、直江津駅でおきた米ブローカーである外国人3名による、殺人事件だ。
祖父は直江津駅から路線を取り仕切る人物。心に残る傷みは相当根深いものだったと想像する。明治男の祖父は、一人この事件を飲み込み、家族の前で話す事は決してなかった。
■ルーツ7~まとめ~
…B29の襲撃から祖母は母を守り、生還。その小さな命は、やがて僕と兄を産む。
祖父は余計な心配はかけまいと、遭遇した悲惨卑劣な事件を語らず、そして、僕らは「平和」に満ちた現代にいる。
人生、どの時代でもどの地域でも不満は尽きない。でも、この時代から見れば何と小さい事だろうか。
甘えてる場合ではない、嘆いてる場合ではない。命を繋いでくれた今はなき遠き存在に感謝し、意識し、2016年を歩みます。
皆様、本年も良き年でありますよう、願っております。