1987年5月24日午後9時。
祖母は病院の個室に眠り、心拍をつげる機械音だけが時をつげる。
ベッドを囲む家族や親戚、孫の声も虚しく、
意識が遠退いた祖母までは、、、届かない。
突然、銀行員のような七三頭の医者は、
何かに気付き祖母の胸元を叩く。
心拍を知らせる機械音がリズムを乱しだしたからだ。
小学校以来ずっと「五分刈り」だった野球少年は、
大人達の目を掻い潜り、「短めのリーゼント」に励む。
もはや白球への情熱も醒め、煙草の煙にむせ、友達の相槌を見抜き、
大人社会の建前も悟ってしまった。
何より、己の無能さに痛感させられ、ピラミッドの底辺で、やる気も失せ、
夢など、とっくに「砂漠化」していた。
家に帰ると一人部屋にこもり、好きな「レコード」をかけまくり、
時計の針が日を跨ぐ頃、ラジオに切り替えて。
解りあえる友もなく、打ち込めるものもなく、好きなタイプはテレビの中さ。
「真夜中すぎのラジオ、お前だけが安らぎだったんだ…」
中学校はまるで動物園。
はしゃぎ回る同い年の奴らにシラケ、教師に媚びる奴らに呆れ、
勉強に部活に励む奴らを…遠く感じ。
俺は今日も一人、おんぼろのプール場の更衣室、週刊誌片手に
弁当食って眠る。
….心の窓…を閉じてたんだ。
聞くもの全てが聞こえよがしで、
触るもの全てが怖くて、知ったかぶりの中、遠目にハスにかまえ。
そんな少年は、この場の緊迫感に、内心怯え、
心は、徐々に現実逃避をはかろうとする。
母が鋭く言う!「おばあちゃんの手を握りなさい」と。 「声をかけなさい」と。
普段なら不貞腐れて、そっぽを向いただろう。
「んっ!」
医者が突然うなったかと思うと、金槌を握る大工のような勢いで祖母の胸を叩く。
心拍を知らせる機械音が、一音だけ長く知らせ、
画面は端と端で引っ張り合う糸のように….
周りの大人達が必死に声をかけ出す。
大人の声に、尋常じゃない空気を読むが….
「声にならない」…その時…
「びりびりぃ!」
声をかけない俺に、電流が一直線に走ったんだ。
それは、もの凄い勢いで走ったんだ。直列電流のように!
更に、医者は狂ったように胸を叩き、
周りからは哀しみの色が…にじみ、こぼれ出す。
俺は一人気付いていた。
あの電流が「さよならの知らせ」だって事を、、、。
数日後…
俺は弁当だけ食べに行ってた学校を休み、髪の毛をおろし、
お寺で、必死に足の痺れと向き合う。
哀しみはまだまだ遠く、ただ、何かが胸に重くのしかかり、
圧迫してくる。
言葉じゃ表せないような。
….70年代後半~幼稚園の何ヵ月間か、
俺は母方の祖母の家で暮らした。
スポーツ選手だった母の腰に電流が走り、
甘え盛りの幼稚園生は、祖母(ばば)の家で、祖母と母の姉達と暮らす。
午後3時….幼稚園から戻ると、ばばはいつものように裁縫しながら、
「3時のあなた」をかけている。
寺島純子の上品な語り口で綴る凶悪事件に、相づち打つ事もなく、
でかい口で羊羮をかっ食らう。
4時になると「太陽にほえろ」の再放送をかけ、
グレープフルーツをむき出す。
そして、果肉の手前の部分まで綺麗に剥いてくれて、
俺はそれを食べてた。
「ばば、もう一個。 」
が….
面倒になると….ばばは、口で果肉手前の皮を剥ぎとり、
よこす。
内心、ばっちぃーと思いながらも、
ジーパン刑事のアクションに手に汗握りながら、グレープフルーツを食べていた。
….小学校の時
共稼ぎの両親を気遣い、よくカド焼き(にしんの子)を焼いてくれた。
よく染みこんだ大根のおでん….煮物….
煮干しの頭をちぎって、丁寧にとった出汁で作る、
ばばの「味噌汁」….本当に、美味しかった。
…幾年過ぎた事だろう。
また、食べてぇーな、カド焼きって感じる。
…俺は今、歌に燃えている。
不貞腐れてた頃とは違うが、
身長は、ほとんど変わらない….
あの事解けた連立方程式は、おそらくもう解けないだろう….
大相撲の横綱は、俺より若いという現実を、受け止めなきゃ….
ひとり心に….霧雨が舞う。
ビルとビルの隙間から…. 霧雨が舞う。
ワイパー走らせる心よ。
霧雨が舞うんだ。 ばばを、ばばを思い出したから….
….霧雨が….ただ….霧雨が…ただ….霧雨が….ただ、
頬を、すり抜けていく…
~同郷の武将、伊達政宗も、ばばと同じく、本日が命日である~