知人者智、自智者明

■「外出自粛」

コロナの猛威、緊急事態宣言、外出自粛…。
あれだけ賑わっていた街から人が消え、
それに比例するかの様に、私の仕事も半減した。
あの忙しさは…幻だったのか?

…眠れない夜が続く…。
「与えらえた物に対しては、鈍いのに…
不安、不満って奴は天井知らず…」
溜息が静寂を踏み歩き、現実に目を開けば、
その足は後退して行く。

この俺に、何が出来る?
今、何をすべきなんだ?
そもそも、俺の人生は間違えていないか?
追い込まれた足元が土を抉る。
その崩れた土や砂利の音は、秒間をあけ、
この耳へと届く。「崖っぷちか…」

ネガティブは燃え尽きた陽の破片に
満ちゆく、満潮のよう。
その満潮の湿気が、心の中、靄(もや)で
曇らせる。
闇に孤立する俺は、牙を抜かれた飼い犬。
欠けた牙を嘆き、身震いしながら、
崖の上、なんとか身構え
その靄をかき分けていたんだ。

ビジネス書から知識を得て、idea構築。
映画を見て小説を読み人間の機微を知る。
限られた範囲と道具で練習し、体力維持、
技術の向上。
そんな中、ふと浮かんだのが「座禅」だ。

数年前、下北沢lownでイベントを打った際、
参加して頂いた方が、僧侶でありシンガー
林数馬さん(おぼうさんどっとこむ)
そういった経緯で、林さんの座禅会には数度
参加。
40分間無音で、薄暗い畳の上、胡坐を組み、
背筋を伸ばし、目を閉じる。
暗闇に恐れ、立ち止まるが、立ち止まる位置が
怖く、手探りで進む。
よくよく闇を覗けば、闇は黒でもなく、
幽かに艶めく、漆黒の間。
暗闇は暗闇ではない。

幾時か忘れ、一人の存在が身に染みた頃、
不思議と、存在を失くした何かが
話しかけてくる。
気付けば、漆黒の間に無数の光が。
それは夜の闇を照らす無数の星のよう。
あの星たちは、2億年前に燃え尽きた
最後の光。
そうか、私達は、こうして過去の恩恵に
支えられ、希望の灯を頂いたんだ。
…暗闇が…問う…。

ネットやスマホで大きく変わったな。
仕事につけ、プライベートにつけ、
地方行ってもスマホ頼り。
解らない事があればGoogle。
コミュニケーションはSNS。
音が欲しければYOUTUBE。
支払いはPayPay。
確かに、高速化した情報を手にでき便利になった。
感謝している。でも、同時に「自ら考える力」
を失っていた。
特に、「自分の事を考える時間」が
「自分と向き合う時間」まで。
とある言葉が頭をよぎる。
「人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり」

■「老子/言葉」

紀元前6世紀(中国春秋時代/しゅんじゅう)
の偉大な哲学者、老子は「知人者智、自智者明」
(人を知る者は智なり、自ら知る者は明なり)
という言葉を残す。

■「知人者智、自智者明/意味」

他人の能力や適性を見極め、なおかつ他人を
思いやる事が出来る人が「智者」
己をよく知る人を「明智」
明智は、智者のはるか上をいく。

老子は言う。
他人の事を知るだけでは、智に留まるが、
己を知る者こそが「明智の人」
明智とは「明らかに智る(さとる)」こと。
この明智は、人を知る事以上に難しい…と。

■「最後に」

知人者智、自智者明という老子の言葉は
現代にも活かせます。
現代は、情報高速化、容量拡大に伴い、
有り余る情報に流され、人々をのみ込んでいる。
一時情報ならまだしも、その多くが
二次情報だというのに!

こんな時だからこそ、絶好の機会だ!
今、その羽根を休め、向き合おう。
「生まれてきた意味」「人生の答え」「不足」
「捨てるもの」「欲しい物」「行くべき道」
「何よりも大切なもの」「大切な人」を。