初ゆうじ

■「初ゆうじ〜STORY〜」

渋谷に、昔から気になっていたお店がある。
そのお店は「オルガン坂」へ綴る蛇の様な下り坂右手。
バタバタと音を鳴らす年季を感じる換気扇から香ばしさと
店内の賑わいを放出してくる。
特徴的な可愛いらしい牛の絵の看板をライトアップしながら。

時は流れ、私には美味いモン好きの相方が出来、
あの店がかの有名な「ゆうじ」だと知る。
それ以来、何度も何度も電話予約を試みるもキャンセル待ち。
一向に埒があかず、直接出向く事に。

師走時の弱りかけた陽が床に着く頃、ニ羽の番い(つがい)は
スクランブル交差点の人混みを掻き分け、躊躇わず(ためらわず)
井の頭通りへinする。
昔御世話になった宇田川交番の三角地帯を右へなぞり、
ハンズからオルガン坂、そして左へ逆45度にカーブを切ると、
そこはもう蛇の様な坂道。
呼吸も忘れたかのように、コツコツとアスファルトを刻み、
坂の途中、あの店へと辿り着いた。

あのお店は、まだオープン前。
店前では、店員さんが時間に合わせ備長炭に火を焚べ、
店内では他の店員がテーブルセットを準備中。
店前に歩を進めると、火を焚べている前園風の店員が
「ご予約ですか?」と真っ直ぐ聞いてくる。
私は多少躊躇いながらもハッキリとした声で、
「予約取ってませんが、待てば入店出来ますか?」と聞く。
店員は「お約束は出来ませんが、かなりの時間、外で待ちますよ」
と、土曜日夜の現実を伝える。
私は「何年間もキャンセル待ちをしてきました。いつまでも待てます!」
と意気込みを吐く。

お店の斜向かいにある低い塀の前で腕組みしながら立つ。
チラ見を繰り返す店員さん。
私は大仏の様に足に根を生やす。
店内へは、常連と思わしき予約客が束入店。
店員とのやり取りを見ていると、食べる前に、
もう次の日取りを予約している。
脚を運んで良かった。
事実は、対話と手垢で築かれているんだよ、この現代でも。

夕刻が闇へ飲み込まれ、陽の導きを失った頃、
あの香ばしさは北風に巻き付きながら、我が嗅覚へと遊びに来る。
踊る心を鎮め、口呼吸のもと右隣にいる相方を見ると、
落ち着いたもんで、スマホと睨めっこ中。
女こそ強い生き物だと、感心する。

そんなこんなの20分目。
私に対応してくれた前園風の店員さんが店先に
補助用のテーブルを備え、早業のように2脚椅子を並べると
「どうぞ!」と、手招き。
なんと、予約も取っていない私共へ入店を促しているのだ。
「いいんですか?こんな、早い時間に。有難う御座います。」
「いえいえ、存分に味わって下さい。」

オーダー。
我が家の肉大臣である相方は、全く躊躇する事なく
ハツ刺し、ハツ、タン、ミノアブラ、ホルモン、ハラミ、
コプチャンと、ツラツラと注文。
そして、頃合いを見ながら、それらが我がテーブルへと
遊びに来てくれる。
全ての肉に対して言える事は、鮮度が良く、臭みもなく、
内臓系なのに筋もシコリも感じないという事実。
「ハツ刺し」に関しては生肉なのに包丁の目が細かく入っている。
これにより、独特の歯応えも生まれるワケだ。
生肉を縦に包丁の刃先で切り込む技術は凄テク。
肉は脂で包まれいる為、滑りやすく、
難しいと言われるグネグネのコンニャク薄切り以上に難関だ。
この技法一つとっても、技術同様包丁の研ぎ方や道具への愛着までをも
感じる事が出来る。
味付けも独自の甘口醤油での漬けや胡麻油等との融合も馴染み、
肉の旨味を引き出している。
影の主役である炎では、備長炭の火力が他店より強い。
恐らく、備(びん)は和歌山の本物。
そして、究極は、この写真に写る「ザブトン」
噛んだ瞬間甘味が口の中へと広がり、
恍惚感が喜びと共にメロディの様に立ち昇る。

ゆうじは現在、日本全国でおきている肉戦争の頂点に立つだけある!
参った!
気付けば2時間、白米も頼まず、肉と戯れていた。
また、来なきゃ。常連なって、オーダー前に次を予約出来る男にならなきゃ。
また、来るから。