小学生/将来の夢(6)

■「ゼッケン」

学校のバスが何度も止まりながら、
やっと会場到着。普段は、ただの
田舎道だが、今日は大渋滞。
それもそのはず。市内18校
クロスカントリー出場者360名、
アルペン200名、ジャンプ50名。
引率者、父兄、審判員、地元住民が
観戦に来るワケだから。
天候は晴れ。澄み切った空が、
体調を和らげてくれる。
会場でゼッケンが配られると
クロスカントリー出場選手360人で
1番最後の番号を頂戴する。
クロスカントリースキーで
最後の番号とは、1番速い選手を指す。
逆に、アルペン競技は速い選手から
スタートする為、ゼッケン1が一番速い
とされる選手だ。この番号を背負い、
期待通り2年連続優勝したのが、
後の冬季オリンピック選手
瀧澤宏臣選手だ(ワールドカップ1勝)
 

■「試合前」

とにかく身体がダルい。アップはせず、
ストレッチだけ行い、テントの中
ストーブにあたる。
時間が来た。会場のコースにゼッケン順に
並び、スタートを待つ。
小5男子がスタート。
この時、驚くべき光景を目にする。
ルール問題でクレームをつけたS地域だけが
スケェーティング走法のまま走り出したのだ。
勿論、スケェーティングはクラシカル走法
より圧倒的に速いため、他を圧倒する。
米沢で、このS地域は距離スキーの歴史が
1番長く、上位を独占。審判の多くがS地域。
コース作りも、審判団が作成する為、
どの大会でも彼らのペースだ。
普段だと、気が小さいのか、カッと
しやすい性格なのだが、それすらない。
振り返れば、顔見しりの他校の選手や
野球の知り合いに会うたび、
ヘラヘラ話していた。
前の組がスタートする。
もう、なるようになるだけだ…。

■「スタート」

5人横になり、スタート!
スタートは、得意の片足スケーティング。
他を圧倒するが、早くも審判が
「スケェーティング禁止だぞ!」
とクレームをつけてくる。
走る角々に審判はおり、中には
「失格にするぞ」と脅す者もいる。
同じ組の選手は引き離したが、
これじゃ走りずらい。
スキー板も走っていない。
イライラしだす。
他校のヤジも聞こえ、何度か振り返り
怒鳴り返す。
ヤバい、このまま、終わるのか…。
その時である。その姿に見かねたのか、
小学校3時時担任で別小学校に
勤務している上村幸春先生が
「哲朗、気にしないで、思いっ切りいけー!」
と叫んでくれた。やっと、
これで目覚めたのか、残り400mの
段々坂を一段滑走で加速していく。
上村先生に喝を入れられ、やっと
スイッチが入った。
最後の最後、自分の滑りが出来た。
ゴール….。
何度も走ってきたコースだから、
タイムを見るまでもない。
結果など…聞かなくていい。
すぐ、テントへ戻る。
この後、リレーも参加。アンカーを
務めたが記憶にない(リレー4位) 

表彰式が始まる。名前を呼ばれるが
恥ずかしく、コソコソ前に立つ。
こんな順位はいらない。6位なんて。
(6分16秒。1位/6分6秒)
ゼッケンが泣いている。恥だ! 
誰もが優勝すると思っていたので、
皆んな気遣い声をかける者はいない。
会場の隅に3年以上片思いしている
あの子が立っていた。
惨敗が恥ずかしく、目を合わせないまま
通り過ぎようとした時、彼女は一言だけ
「てっちゃん。6位、凄いねぇ」
と言ってくれた。顎をしゃくり
バスに乗り込む…。
彼女と初めての会話なのに…
何度も、勝手に描いていた事なのに…
口下手でシャイなあの子の優しさを
台無しにしてしまった。勿論、
あれが最後の会話になる。

■「卒業」

次の日の朝、熱は更に上がり、数日間
休む事になる。父とは口を利かなくなった。
残念ながら、傷みと悔いは肥大化し続ける。
子供なりに、胸にしまい過ごしていく。

何とか風邪も癒え、ようやく金曜日
登校する。久しぶりの教室に転校生の
様に入ると、雰囲気が違う。
男子も女子も舞い上がっている。
なんで?2月14日「バレンタインデー」
だった。
女子達は、好きな男子や仲の良い男子へ
チョコを配り、大盛況。
男子平均5~6個貰い、モテる幼馴染は
10個以上貰っていた。
ずっと休んでいた私は、女子達に
その存在すら忘れられていており、
0個。蚊帳の外…論外である。
勿論、数日前のスキーの話など、
皆んな忘れている。また、こうして
以前の立ち位置へ落ちていった。

以降、毎週各地で開催されている
スキー大会に参加する事もなく
死んだ様に残り1ヶ月を過ごす。
兄は地方大会2位になるも県大会惨敗。
親父は市内大会大人の部で優勝。
母はアルペンの部3位(5年以上3位以内)
と、家の中でも、1人だけ表彰台に
立てず。最悪な状態で小学校を
卒業する。

「将来の夢?」建前のプロ野球選手、
本音のプロレスラー、新聞掲載した
フレンチシェフは、もうない。
が、現実的フレームに1つ夢が
浮かび上がる。
「中学でスキーで活躍するぞ!」

3月も終わる。
歩道を白く埋め尽くしていた山は、
地面に吸収されたかの様に痩せ沈む。
もう、アスファルトには、雪はない。
マラソンシューズの紐を結ぶ。
あと数日で、学ランを袖に通す。