田中角栄「日本列島改造論」の根

田中角栄元首相
カクエイさん
1918年、新潟県出身
父は農業や宮大工をしながら、夢に生きた人物。

外国は、牛を食べる文化で、日本も変わると聞くと、
ヨーロッパへ飛び、牛を買い付け、国内で種付けし
「一山」あてようとする。
も、
船の長旅で、牛は死に….借金の山….

田中少年は苦労、貧困の中、15歳で上京。
工業高校の夜学に通いながら、働く。

そして、卒業すると就職せず、田中建築事務所を興す。
が、
時代は第二次世界大戦。
角栄も兵役にとられるも、病気で除隊。

昭和18年、会社を再開。

「田中土建工業」

今、話題の理研の仕事を主にこなし、
戦後は道路工事を中心に、伸びる。
そして、国会議員へ!

…角栄というと、「お金に汚い?」と言われがちですが、
 他のただの汚職議員とは別で
「世の中のため!」お金を使った人物だと強く思う。

使い方も、
「生きたマネー」「活かされたマネー」
そして、何より
「心は、本当にあったかい方」だと思うんです。

….1972年
、田中角栄の政策

「日本列島改造論」の根は、地方の過疎からの脱却!!
日本国内の、平等化!
日本列島改造論
当時…昭和30年~40年代
豪雪地帯の冬は、山間部や農家の方は大雪の為、仕事がなく、
都会に「出稼ぎ」に出るしかなかった。
(土木建築関連、港湾労働、石やきいも、工場勤務)

そして、子供達は中学出ると「金の卵」と言われ、
「集団就職」のもと、都会へ。
(関東だと、京浜工業地帯、京葉工業地域、
町屋、川口、蒲田などの町工場)

集団就職
(東京の窓口…上野駅

都心は人々と仕事にあふれ、経済力も上がり、
過密化!
が、地方はどうでしょう?

お父さんは季節労働、若者は集団就職….
地方と都会の「差」は拡がるばかり!

このままでは地方はおいていかれるばかり!
地方へも仕事を、地方の家族を守りたいという考えが
「公共事業」へと繋がりました!

そして、日本列島の隅々まで「高速道路」で結ぶ事により、
「四大工業地帯」はじめ、あらゆる産業が、
事実、活性化され、 「Made in Japan!」

…この流れの中、不動産の売買が急激に伸び、物価もあがり、
給与も右肩45度くらいに伸びた時期も…
(高度最長期→バブル…そして、崩壊….不良債権の山…の入口ではあったが…)

正直、「賛否両論」だと思います。
が、
この当時の「環境」や「時代」を理解せず、
後付けで文句を言うのは筋違い!

田中角栄というと、「日中国交正常化」や「ロッキード事件」
「角福戦争」…と、良くも悪くも世間を騒がせましたが、
その人物の根にあるのは、
「優しさ」

そして、実体験を通じた
「貧困」「苦労」「故郷への愛」

この「日本列島改造論」という政策の中にこそ、
「田中角栄という人物の原点」が、見えてくる気がします。

今の、2世3世で溢れかえった議場には、

田中角栄さんの魂が宿っているのだろうか?

田中角栄クラスに愛をもち
飛びぬける政治家は、いるのだろうか?

今一度、角栄さんからの学びも大切では?